2018/01/13

自己紹介、投資遍歴をつらつらと(長文です)

ブログをはじめてから半年ほどたちましたが、まだ自分のプロフィール記事を書いていなかったので、自己紹介を兼ねて投資遍歴を書いていきます。長文ですので暇な方のみお読みください。

狼狽マンについて
年齢は30代です。既婚、子供2人。川崎市在住。
会社は旧財閥系企業のどこかです。年収は800万程度。戸建て持ち家あり。

投資を始めたきっかけ
家を購入したことが大きいです。住宅ローンを組んで大きな借金を抱え、これを何とか早く返せないかなと思ったことがきっかけです。それまでは投資に関する知識も全くありませんでした。会社の同期でFXなどやっている友人はいましたが、自分には程遠いことと思っていました。そのとき、ちょうど手元には300万ほどの貯金がありました。

投資遍歴(2014年10月~ 資金300万で開始)
(1)投資信託(2014年10月~)
最初は何もよくわからなかったので、会社でも退職金の一部がDC年金に変わっていて投資信託という言葉だけは知っていたので、とりあえず買ってみることにしました。色々調べてみると一度に購入すると下落リスクがあるので積立で買うのがいい、商品は分散させるのがいい、というような記事を読んで毎月5万程度、国内株式、外国株式など適当にインデックスの投資信託を買っていました。当初は日々に少し動く値動きに一喜一憂していましたが、2か月ほどしてから大してお金増えないな、これと思ってしまいました。

(2)個別株投資(2014年12月~)
優待目的で個別株投資をしている友人がいましたので、私もそれくらいならやってもいいかと個別株を購入し始めました。最初に買ったのはタカラトミーだったと思います。ちょうど子供がトミカに熱中していた時期だったので家族の理解も得やすいかなというそれくらいの理由でした。特に成長する企業とかそういうのは全く考えず、当時の市況も全く理解していませんでした。アベノミクスという言葉は聞いたことがありましたが、バズーカ砲って何?くらいの感じです。資産はヨコヨコです。

(3)信用取引開始(2015年4月~)
個別株投資にも少し慣れてきた私は資産の3倍まで投資できる信用取引という存在を知りました。これまで半年ほど特に増えも減りもしない資産をもっと効率的に増やせると思ったのです。もちろん3倍のスピードで増やせるということは当然逆のことも起きるリスクを受け入れるということですが、全くそんなリスクは認識していませんでした。なんせ、日経平均は10数年ぶりの2万円、メディアも3万円まではすぐなどと煽っていた時期でしたから。信用取引で購入したのは、それまでまとまった資金がなくて買えなかったトヨタやセブンイレブンなどの大型株でした。そのとき、自分は500万~600万の資金を動かしているんだ、という謎の自己陶酔感がありました。

(4)チャイナショックまで(~2015年8月末)
その後は大型株に加え東証一部の小型株や新興株にも手を出していました。2015年6月ごろにギリシャ金融危機などリスクオフの場面はありましたが、それほど喰らうこともなく、少しずつ資産も増えていきました。と言っても300万→330万程度です。とはいえ、これまでずっとヨコヨコの資産だった私からすると30万は大金で1か月の給料くらい増えた、と気が大きくなっていたんだと思います。家族にも少し儲かってることを伝えて、ちょっと大きめの買い物もしたりしていました。もうこの時はほとんど全力2階建てに近い状態です。そしてアクセルを踏み込んだ瞬間に8月のチャイナショックを迎えます。

(5)チャイナショックとその後(2015年8月末~)
新興で持っていた株は突然S安になっていました。初めてのまともな下落相場に完全にパニック状態です。慌てて財形を一部切り崩し30万入金したのを覚えています。その後のリバウンドと下落で買っては損切りを繰り返し、ちょっとはっきり覚えていませんが、150万ほど資産が減ってたと思います。信用全力だった私はこのとき資産の半分ほどを一気に溶かしてしまいました。その後少し市況が落ち着いて12月末ごろには資産は200万くらいまでは戻していたかと思います。でも当時の私はこの資産マイナスによる後悔の念をずっと引きずっていました。とにかく早く原資を回復しなくてはという気持ちでいっぱいです。もう家族には投資の話はできない状態です。

(6)世界同時株安(2016年1月~)
この年は年始からしばらくずっと下落が続きました。持ち株は含み損でしたが、ある一定程度の損失額を超えるともう損切りは難しいですね。資産は急速に減っていきます。この期に及んで全力ではありませんが信用取引もしており、1月末には年末まで200万あった資産が120万程度にまで減っていました。いよいよまずいと思った私は、実家の親に泣きつきます。はい、糞ですね。100万の借金です。それに加えて財形もさらに60万ほど切り崩し、数字だけは開始の300万から少し減ってるくらいに体裁を整えます。実際にはもう開始時点からは-200万です。

(7)新興バイオ相場に乗る(2016年4月)
2月12日の急落以降は新興市場を中心に資金が戻ってきました。そのなかでもバイオセクターは大きな盛り上がりを見せ、その中心だったのがグリーンペプタイド(現在のブライトパス)です。元々400円くらいで持っていたのですが、信用もフル活用して一気に資産を増やすことに成功しました。
4月下旬ごろ2200円のピークを迎えたときには資産は瞬間的に500万まで増えていました。前述の通り、入金投資をしていたのでようやく原資回復です。このときは仕手株などという存在はつゆしらず、純粋に癌の特効薬ができるんだ、そうすれば株価は3000円、5000円に向かうに違いない、などとお花畑の中で生きていました。

(8)祭りのあと(2016年5月~)
ピークをつけたあと株価は下がります。そんなの当たり前ですが、当時の私は理解できません。信用ナンピンを繰り返します。グリーンペプタイドでの利益は簡単に吹っ飛びます。それどころかマイナスが膨らむ始末です。このほかにもダブルスコープという会社を長期で持っており、最大では3.5バーガーくらいまで増えていましたがブレクジットなど市況も悪くなり株価はピークから3か月で1/3に急落。ここでもナンピンを繰り返します。そうして結局4月に500万あった資産は8月には120万、12月末にはついに60万まで減っていきます。90%近くのマイナスです。当時は一発逆転しか狙っていませんでした。この株が3倍になったら、5倍になったら救われる。そんなことばかりを考えていました。実際には資産は減っていくばかり。胃がキリキリして眠れなかった日もたくさんあります。ずっとイライラと焦燥感がつのり余裕がなく、とはいえ誰にも相談できず、子供へのあたりもきつかったと思います。本当に自分が情けなく、申し訳ないことをしたと思います。

(9)心機一転(2017年1月~)
それでも投資をやめようと思ったことは一度もありませんでした。投資での損失は投資でしか返せない、何が何でもやるしかないという気持ちです。最終的にプラスになればこの損失は帳消しになる、それどころかとてもいい経験になるはずだ、そんな気持ちで色んな本を読んだり、セミナーに行ったりなどして勉強をしました。自分の取引の反省点を振り返るために6月からはこのブログも始めました。ブログ開始当初は資産が60万で、あまりにも資産が少なすぎて毎日更新するのがとても恥ずかしかったですが、市況がよかったこともあり、なんとか300万(2018/1)まで資産が回復してきました。ブログを毎日書くことによって頭の整理につながり反省点も明確になり、日々成長していることを感じます。これからも退場しないように何とか頑張っていきたいと思います。

スポンサーサイト